家庭料理をご提供する
コミュニティ型飲食店ー侑歩

投稿日:2019年2月7日

私は私

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こんにちは!

今日は、新たなスタートをするにあたって、ようやく自分を俯瞰して断捨離をしたことをお話ししたいと思います。

徐々に断捨離の効果が出始めると

  • 自分がどうしたいのか?ということ【自分】が明確になって来る
  • 自分が得意なこと【自信】が明確になって来る

大きくこの2点を感じるようになりました。

まず【自分がどうしたいのか?】です。これに付随して、【自分らしくいたい】という想いが強くなって来ました。そしてそれは【自信】にもつながり、常に自分を俯瞰するようになりました。以前は本当に【下手な鉄砲数打ち当たる】という直感で動いてしまいがちでしたが、もちろん今でもそういうところはありますが、【自分がどうしたいのか?】というルーティーンが作れるようになりました。

侑歩オープン当初は、他人の言葉に影響を受けすぎて、自己肯定感下げ下げになり、

【自分がどうしたいのか?というよりも、他人から見てどう振る舞うべきか?どうあるべきか?】という他人の人生を生きることになります。これは、日本人にありがちな世間体ということです。

でも、友人の言葉や行動を見ていると、【自分らしく楽しくやっている】というところばかりに目が行き、

【それにつけて、私は自分でやりたいと決断したにも関わらず、段々と自分のやっていることに決断も出来ず、〜やればいいの?はたまた〜すればいいの?】とある意味手っ取り早く結果を出そうとするあまりテクニック論に走り過ぎ、結局【無知な私が悪いんだ!】となり、セミナージプシーと化しました。でもセミナーは一種の【自己啓発】ですから、心がしっかりと構築されている【自己】がある人が自己に自信に肉付けしていく行為で、私のように自己肯定感の低いマインドコントール出来ない人は、やってもある意味効果がなく、【満たされていない気休め行為にしかならない】

そして中には、【来続けることで、徐々に感化され自己肯定感が上がります。】でも、正直高齢者の方にはオススメしません。長年の世間体体質でベットリと付いた自己肯定感の低さは、なかなか取れません。

なので、一見決断しているように見えて、【〜やったから上手く行くんでしょ】というやはりどこか他人目線の結果しか得られない。だから結局、世間体から脱出は出来ておらず、【ああでもない、こうでもない】と迷うばかり。そして心が構築されていないので、中毒性、依存性が高くなり、しまいには、【私はこんなに頑張っているのよ!】と変な自己満足に陥るんです。そして周りも【自己成長しようとして凄いね!】と勘違いをさせます。

でも私は有難いことに、【中村文昭氏の講演会】の講話内容、講演会のボランティア活動や勉強会を通して、【人として自分はどうしたいのか?どうあるべきか?】というものを学ばせて頂いたように思います。それは【自己構築に繋がり自分らしく】にも繋がります。

【他人がどう思おうが、自分はどうしたいのか?】という心と向き合うこと。もちろん人は対人関係でしか成長しません。ですから、また世間体というところに戻りそうになります。ですが、自分を俯瞰するようにします。心と向き合うこと。

でも、なかなか人に寄り添いたいと思う性格の私には、【相手に対して〜どうすればいいんだろう?いやいや〜こうするべきだろうか?】というところにまた戻るのです。

でも、どこかで【人としてどうあるべきか?人として誰かの役に立ちたい】と思い、一昨年の年末【中村文昭氏の講演会と公開収録】の主催をしました。

年間300回以上も全国で講演会を開催されて、1回収容人数も数100名単位の大ホールで開催され、いつも中村文昭氏の実体験を通したお話で、親近感が湧く笑いあり、涙ありの講演会です。2年前に当時ボランティアで手伝ってくれた友人が、主催を開催した時の縁だったり、もともと侑歩オープン当初に読んだ文昭氏の書籍に興味を持ったり、実際文昭氏がオブザーバーになって開催されている勉強会に参加したりしたこともあり、全国でも例を見ない最少単位の開催が実現しました。70名の満席開催でありながら、友人たちの好意でボランティアは、これまた例を見ない12名というものでした。

でも、結果は70名のところ、75名と表向きには大成功ですが、正直私自身としては、ボランティアのみんなに迷惑をかけただけの散々なものでした。なので、達成感もなければ、その日あった出来事すらも正直記憶が無いのです。

それは、まず開催するにあたり、主催者としての想いの明確化が曖昧。【やれば出来る!】という安直な考えのもとでやっていますから、発信力も弱い。ボランティアの友人からは、【発信力、鬼下手くそ】と言われる有様です。

そして、そういう曖昧な想いでやっているので、ボランティアの士気も上手に出来ない。頼ることも上手に出来ない。

ひとりの友人からは、【みっちゃんがやりたい!って言った一言でみんなが集まっているんだから、もっと本気出さないと!】でも、正直、どう本気を出せばいいか分からない。そりゃそうです。開催日を2週間後に控えているにも関わらず、満席には程遠い、15名しか集まっていなかったんですから。

そしてこうも言われました。【みっちゃん、最悪人数が集まらなかったら、自分で金銭を補填したらいいと思っていない?それって本当の意味での主催の責任を取ったことにはならないよ。何故だか分かる?なら質問を変えるね。なんでボランティアが集まったか分かる。みっちゃんがやりたいって言ったから。その人たちは何を望んでいるんだろうね?貴重で有限な時間と労力をみっちゃんに投資しているんだ!そのところを良く考えて、そしてまして基本的にはありえない最少単位の開催ってのも、文昭氏の好意だよね。それを踏まえても、満席だろう!本気出さないと!】

そうなんです。こういう大きなイベントは、まさにその人の人間力を試されます。自己成長、自己肯定感、責任感、ありとあらゆる意味での人としての資質。そして最終的には、【自己の確立、自分はどうあるべきか?】なのです。

そして結局当初の目標の【中村文昭氏を知らない人にも講話を聴いて欲しい】という目標には程遠く、友人たちの声かけや、中村文昭氏のコアなファンの皆様で集まり終わったということで幕を降ろしました。

そう、自己の確立も人として自分はどうあるべきか?も。

もともと【相手がどう思うんだろう?】という気質があり、その上、【寄り添いたい。】という一見類似する気質ですが、これはこういうイベントには不向きなのです。というのは、多くの人数が集まるということは、ひとりひとりの生きてきた環境が違うわけですから、当然価値観も違うわけです。それをいちいち一人一人に寄り添っていたら、身が持ちません。そう身が持たなくなるのです。ボランティアの士気も高めないといけない上に、お客様、講演家の文昭氏にも気を配らないといけない。その上、【人が出来るんだから、もっと出来る!もっとやらなきゃ。】と責任感を振りかざしながら自分にプレッシャーをかけて、徹夜をしてでも対応しようとしたり、自分でやろうとします。でも、所詮一人でできることなど本当に些細なことで、はっきり言ってお粗末なものなのです。そして最終的にはプレッシャーを自分にかけ過ぎて、【私はこんだけやっているのに、何故出来ないんだ!何故分かってくれないんだ!】と逆ギレするになるのです。そういう波動は、結局ボランティアの友人たちにも派生するので、士気が下がるわけです。

人というのは、楽しそうとかワクワクするという行為に一番反応します。ダンスや音楽がそのいい例で、言葉が分からずとも万国共通に派生しているということは、概ね誰が見ても楽しそうだしワクワクするからです。

それが答えとして2週間後に開催日を控えて15名という結果です。

この出来事を機に、紆余曲折もありましたが、【自分とは何者?私ってどんな使命を持って生まれて来たの?】ということに向き合うようになりました。

それが、友人がハマりだした神社仏閣の話や、龍神さまのお話で、【毎日楽しくって仕方がない!思い通りに楽しく幸せを感じる!】っていうじゃないですか!

その上、【好きで選んだ仕事でもどんどん売上が上がって今は経済的にも良くなった!】

今まで散々胡散臭いと避けてきたスピリチュアルなこと、目に見えないことに興味を持つと、実は占術も統計学の一種できちっと理論があるっていうじゃないですか!

するとよくよく考えたら、一昨年の夏辺りに、【経営者もね、実は個性心理学って結構使ってるんだよ!】という話を小耳は挟んでいたし、実際知り合いの中にもそれを習得してから人生観が変わったとも聞いていた。でも、その時は、まだまだ【そんなある意味占いで人生好転するなら誰でもやるやろう!】とまぁ邪悪な想いで聴いていたのですが、その時は学ぶこともなく

昨年友人からの紹介で知り合った来島 未侑先生が考案した占術 【宇宙数秘学】に出会ったわけです。数秘学ですから、数字を使ってその人の人生観や性格を読み解き、さらにはその人がそういう使命を持ってこの世に生を受けたが分かるというのです。

正直ホンマ?とも思ったのですが、人それぞれ誕生日の数字から紐解く占術で、なら同じ誕生日の人は同じ気質か?となるかもしれませんが、指針にはなるのかなぁと。

そして学んでみると、凄く当たっているわけです。

そうなるとまぁ感化されやすい私としては、もっともっと今まで自分を見つめたくなりましたし、自分がどんな風に1日1日をストレスなく行きれるんだろう?と思うようになりました。それがひいては、【自分自身がどうあるべきか?どうしたいのか?】に繋がったわけです。

そうすると自ずと命の尊さを感じるようになった。すると対相手にも以前とは違う気の使い方になり、自分を認めて相手を認めるという本来の人としてのことが出来るようになったように思います。

すると【自信】にもつながり、友人が言ってた、【毎日が楽しくて仕方ない!】【売上がドンドン上がった!】にドンドン近づいているのに実感が湧くわけです。

実際昨年は、まだまだ未熟ですが、友人と一緒に侑歩をやろうとしたりしましたが、結局のところイベント主催者の立場と一緒の現状に落ち入り、不義理な形で幕を引きました。本当に申し訳無かったなぁと思います。本当にごめんなさい。

そう向いてないんですね。それを受け入れ、本来の【寄り添いたい】というキーワードにトコトン向き合って、それが私。自分の身丈にあったように、自分出来るストレスのない範囲で、ひとりひとりと向き合うこと。そう決断しました。

そうすると

  • 常連さまのリピート率が高くなる
  • 新規のお客様も増えた
  • 来客数がない日が少なくなった
  • 常連さんが店頭の前で来店を悩んでいる人に促すように声がけして下った
  • 習慣化できることが多くなった
  • 自分を俯瞰できるようになった
  • 自信がついた
  • 断捨離を出来るようになった
  • こうちゃんとも以前とは格段に仲良くなった

そう元々思っていた【家庭と侑歩の両立で自分らしく生きたい!】にドンドン近づいています!

そして【コミュニティを作って空間を売る侑歩になりたい!】という想いも

今日来店してくださった常連さんに、【女将と話してたら、なんか悩みも吹っ飛んだ!ここはある意味駆け込み寺かするんじゃない。相談料取ったら?】ってお声を頂きました。

そうなんです。最近は少しずつですが、常連さんからもプライベートなお話が少しずつ増えてお悩みなんかもチラホラ。

侑歩には、お一人様のお客様が多い上、皆さん結構私と話して下さるんです。私もお客様と話したいので、出来るだけ手が空けば席に座って話すようにしています。

そして今日のお客様も、娘さんが職場に馴染めず休職されておられたのですが、今年初旬から復帰されたお話や、先日も学校に馴染めなかった娘さんが今度学校に行かれる決意をされて気分転換に逢いに来てくださったりと。そして今まで世間話程度のお話しかしなかった常連さんに、やはり子育てのお話を聴かせてくださったりと。

私は、本当にドブ板接客なんです。ひとりひとりと向き合える自分がストレスを感じない範囲で効率が悪くてもいい。こうちゃんに感謝して、侑歩で自分らしく生きる。そして常連さん同士が、話出来る空間を演出出来て、【今日は何作ってくれた?まぁここの料理はのんびりしか出てけえへんから、●●さんと喋って待ってるし。】

そんな声ももうすぐそこまで来てるかなぁ?

私は私。


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