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コミュニティ型飲食店ー侑歩

投稿日:2018年6月21日

自分を信じて揺るがない心を持って

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私は、正直癒されたいとおもったことがない。

癒されたいと思う前に、それ以上に自分はこうあるべき、あああるべきと思って来たと思う。

ってことで、手一杯。

だから、癒される以前に自分自身を信じることで精一杯。

 

まさに中学の時の友人との意思の疎通のトラブルから、

どこかで相手に理解を求めて行くことを放棄していた。だから自分で何でも出来るようになりたい!

と思っていたから、【頼る】ということが非常に苦手だし、だから相手に

【こんなこともできないの?】という言葉や態度などにとても違和感を覚える。

 

だから、正直こうちゃんにも、自分がこう思っているということを基本的に伝えれず、

いつも繕い事後報告になることが多い。

 

でも、昨年からいろいろな出会いを経て、

【人は人。自分は自分】という言葉は、共栄共存するために、相手を認めることであって、無視する

ことではないことに気づく。まさに私は、無視していた。

 

そうした時に、私は自分の意思すらも理解していなかったように思う。

一方でこうなりたい!と思っているのに、一方でこう思われる?ああ思われる?と揺れる。

良妻賢母で、義務と我慢と犠牲が全てだと思っていた。

この義務を果たせば、いいことがある。この我慢を越えれば、いいことがある。

この犠牲を払えば、その先に未来が見える。

 

そんなことで、未来も変わらないし、変えられない。過去の積み重ねが未来を作る。

 

誰が正しいかということより、何が正しいか?ってこと、自分が何を望み、何のために?を

自問自答すること、心が何を望みどうなりたいか?

 

それが一番幸せで豊かなことって分かっているのにね。

 

私は欲張りなのかも知れません。

幼い時は、両親に良く言われました!【あなたは手のかからない子だった!】

自営の両親でいつも仕事が優先されて、あまり自分のために何かを率先してやってもらった経験が

ない。それは時代背景が物欲を満たすためのものであったし、両親だってその時流に乗るのに

精一杯だったと思う。

だから子供ながらに、どうしても自分でできないことは、自分から主張すること。

ではそれに向き合ってくれなかったか?と言えば、そうでもない。

でも、きっともっともっと聴いて欲しかったし、もっともっと手伝って欲しかった。

 

母の【長男の嫁でありながら、男の子を生めずにいる】という言葉に

【私生まれる時に、◯◯◯◯忘れて来たみたい!】と自虐ネタを連呼していたけど、

本当は女の子ってことをわかって欲しかった。

 

 

そして家族の中でそれぞれの呪縛から、一番に抜け出したのは、娘の方だった。

インターン先で、あんなに無口で自己肯定力の低かった娘が飛び込み営業を始めた。

 

正直どこにでもありそうな商品を片手に、月50件の訪問をして15件の成約を取り付けたという。

 

その成果発表の場で、彼女は

私は、変わりたかった!と言ったのだ。

もっともっと私は自分の望むものを手に入れることが出来る人で野心家です!と言ったのだ。

 

一介の主婦でも、自立して女性らしく自分らしく生きることができる!ってことを証明する!

この手で作り出したり、見出すものでみんなを笑顔で元気に、

豊かさと幸せに感じてもらえるようになる!

もっと欲を言えば、娘に私と出会えて良かった!

母は、いつも自分の心に正直で女性として、母として揺るぎない心を持つ人。

そんな人になりたいと思います!

娘にそんなことを言ってもらえる人になります。

 

 

それは、もう一度生まれ変わったとしても母の娘でありたいと思うから。

時空を超えて、今母は何を思うんだろうか?

亡くなる間際に、あなたは私にとって自慢の娘。

今も時空を超えて、そう思ってくれているだろうか?

そう

私は、ものづくりを得意とする人なのだ。

この祖父の孫であり、祖父のこの一言が大好きだった!

人の役に立つものを自分の手で作り出し、一国一城の主となり、

独立独歩して歩くことが真の人間力だ。

 

この手は、それを受け継ぐことができると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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