家庭料理をご提供する
コミュニティ型飲食店ー侑歩

投稿日:2019年4月17日

言霊の中に、真実がある?!いったい私はどこへ?

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お疲れ様です!

どんな言葉を紡げば伝わるかなと思うのですが、とりあえず【先人の叡智】というものは、ただただすごい!なぁと思う女将です。

今日は、【カタカムナ文字】に付いてお話したいと思います!

皆さんは、【カタカムナ文字、カタカムナ文明】というものをご存知ですか?私は、正直今年に入るまでその存在すら知りませんでした。

昔から【言霊】【名は体をあらわす】というように、言葉に宿る【思念、エネルギー】といったものを多くの人が漠然とですが感じますよね。そんな普段何気なく話している言葉、身近な人や物の名前、社会現象、歌、物語にいたるまで、そこには秘められた意味があり、本質がなんであるかをこのカタカムナ文字から紐解けるというんですね。

では、このカタカムナ文明はいったいいつ頃の時代のことなんでしょうね?著者曰く、縄文時代以前の年代で、12000年〜40000年前に遡るそうです。

では、なぜこのカタカムナ文明やカタカムナ文字に興味を持ったかというと、やはり正直なところ考えさせられます。侑歩も丸3年を迎えましたが、原理原則に基づいてやればいいんだと分かって居ながらも、右往左往しながらやっているのも事実。そうかと思う反面、多くの人に支えてもらいながら進んで来たのも事実。もし、その原理原則が理解出来て、そしてより多くの人を幸せに出来て、自分らしく生きることことが出来るすべが分かれば、もっともっと直感力が研ぎ澄まされて行くんじゃないのかなぁと思うからです。

これからの時流は、まさに【何のために】が常に問われる時代になる。日本もモノを売る時代から価値を売る時代へとドンドンシフトして行きます。まさに原理原則、真理、本質を見極める力無くしては、生きて行けない時代になっていき、調和を重んじ、自己主義から利他主義でありつつも、自分自身を見失わず生きる。

そんな中で、私も今年48歳になります。人生100年時代と言われるようになり、私も人生の折り返し地点。

孔子【四十にして惑わず。】まさにこの真理に辿り着きたいと思うんです。四十にして惑わず。自分らしく生きたいと願う年齢。では改めて自分を俯瞰してみると

幼少期に遡るように思います。自営業の両親の元に生まれ、時代背景もあり、【あなたは手のかからない良い子】になるべくして、いつも一人で遊んでいました。幼い時からなぜ?が口癖だったし、父のどこか【商売を引き継いで欲しい】という思いを感じながら、男に生まれたかったという思いと私は女だという思いを行ったり来たり。男にもなりきれない。かといって、女特有の群れる行為も受け入れがたい。自分はココにいる!そんな承認欲求が吹き出る道のりだったように思います。だからでしょうか、人一倍探究心が多いのも納得がいきます。こうやれば、凄いね!ああやれば、ワォーー!と言ってもらえる。そんな連続だったように思います。それもこれも承認欲求の表れだと今は思います。だからでしょうか、興味を持ったことには、人一倍探究心が多い。そして、あえて人が選ばない道を選びたがるのも納得がいきます。

こうちゃんと出会って、早16年。結婚した当初は、正直なところ、私が頑張ったから、この家庭は存在し続けたんだ!という何とも傲慢極まりない気持ちでした。まぁ、正直仕事もピーク時には4件掛け持ちしたり、どこかで【お金がなかったら、何も出来ない!】とばかりに、仕事、仕事、家庭。今思えば、良妻賢母の傘を被った傲慢極まりない人でしたね。だから、当然心は疲弊していたし、一人で出来ることなどさほど多くないと思いつつも【もっともっと頑張らないと!】と自分を無理しながら鼓舞して来たように思います。もっと楽な生き方もあるんだろうなぁとどこかで思いつつも。

もし自分自身の使命を知ることが出来るなら、私はどこへ行くために、何のために、この世に生を受け、両親の元に生まれた意味、こうちゃんと結婚した意味、侑歩で何を伝え、何を後世に残ることをするんだろう。もしその真理、意味を知り、伝えることが出来たなら。

カタカムナ文字に惹かれたことも必然で、紐解く鍵がココにある。そんな思いで、著書のカタカムナ文字の思念表に基づいて、自分自身を紐解いてみた。

コ=転がり入る、転がり出る

イ=伝わるモノ、陰

シ=示し、現象

ミ=実体、光

チ=凝縮

コ=転がり入る、転がり出る

となるようです。

この言葉の真意を理解することが、まさに私自身が生まれてきた意味、使命を示すわけですね。もちろんこれだけでは、漠然としたことになるようですが、でも何となくですが、私の心に響くものがあります。

転がり入る、転がり出る。コレを意味するものは、思いであったり心のように思うのです。自分の思いや心がそうであったように、時には納得することもあるし、思い通りにならないこともある。

伝わるモノ、陰。コレが意味することは、言葉であったり、相手の本意であったりすると思います。人は言葉に思いを宿します。多くの言葉で伝える人もいれば、なかなか言葉に出来ない人もいれば、一言で思いを伝える人もいます。その言葉に隠れた思い。

示し、現象。コレは、具現化すること。その人が伝えたい思いに寄り添う、慮る。私の料理は、優しい味がすると言ってもらいます。それは今まで私が歩んできた道が示すことのように思います。

実体、光。コレは、それぞれの存在意義があるように、人それぞれの光、エネルギーが存在する。

凝縮。その思い、エネルギーを感じ本来あるべき姿に整える、集める。

転がり入る、転がり出る。出会う人の思いを集めて私は伝える人。私の料理は、その人の使命がわかる料理。私の料理が多種多様なのは、それぞれの存在が多種多様だから。

カタカムナ文字も宇宙数秘学を学ぶこと料理を作ることもも、色々な手法で、私を含め、多くの人のそれぞれを存在意義を感じ、自分らしく生きることを伝えること。

侑歩の意味は、今まで【人のご縁がたい、感謝して歩んでいく】というふうにみなさんにお伝えして来ました。でもこの解釈は、どこか私の中の承認欲求の一つのように思うし、どこかしっくりこないのです。では、カタカムナ文字の思念で紐解くとどうなるんでしょうか?

ユ=湧き出る

ウ=生まれ出る

ホ=引き離す

湧き出る思い。

生まれ出る本意。

引き離す。吐露する空間。

侑歩には、一人でいらっしゃるお客様が多いのがコレで紐解かれました。一人で思い悩んで、本当の意味での思いが言葉で紡ぐ手立てがなかった方が、私の料理と侑歩の空間で、自分らしく生きることを感じる。それが共に共有することでエネルギーが共存する。

時流は、未来から今を経て、過去へと流れます。思念で紐解くと過去は、【エネルギーが時間をかけて生まれ出るもの】となり、今日は、【エネルギーが新しく生まれるもの】、未来は、【実体の場が伝わるもの】となります。

明日は、【感じる方向に進む】となります。

今なんですね。明日は今感じた方向に進み、未来は今のエネルギーで決まる。過去は、この結果である。

承認欲求が強かった私は、そう、分かって欲しいという思いをどこでどう間違えたのか【私はここ!私は私。】と伝えなかった結果。人に頼ったり、友人と共に生きることをちゃんと伝えなかった結果。

宇宙数秘学でも私は、人に尽くす人という真理が紐解かれています。

自分自身の使命が分からない。どうしていいかわからない。どうぞお一人でいらして下さい。一緒に思いを馳せてみましょう。まだまだ拙いところもありますが、一緒に考えてみましょう!

侑歩は、そんなお一人さまののんびりとした空間です。

どうぞ良い1日をお過ごしください。私もそれぞれの存在に愛を込めて、今日も侑歩で楽しく料理を作っています!


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