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コミュニティ型飲食店ー侑歩

投稿日:2018年9月11日

【食】とは、いのちの仕組みにくみこまれているもの〜いのちの食卓〜

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おはようございます。

改めて【食】という根幹を考えさせて頂いた一冊。

今日は

辰巳 芳子さんの【いのちの食卓】

をご紹介。

本の冒頭に

【食べる】ということは、呼吸と等しく、いのちの

仕組みにくみこまれているもの。

 

人は、食べることをやめてしまえば、生きてはいけません。なのに、どうでしょう?

【中食】といわれる、コンビニ弁当やお惣菜で済ませることが増えて来ています。

 

あの中には【いのちへの願い】がないと思うんです。

もちろん、美味しいか、不味いかといえば、日々改良を重ねて作られているものです。

 

ですが、

【本当にこれで生きていけますように】と

願って作られているものでしょうか?

 

私は、どこか違和感を感じます。

 

生活というのは、

【いのちの花を咲かせ、実を結ばせようとする

こと】

時間というものは、その【場】であると思います。

 

ふだんあたりまえだと受け止めていることも

いかに価値があることかがはっきりとしてきます。

 

日常のものが

例えば、旅館などで、出てくる朝食に

身体全体がホッとしたことはないでしょうか?

丁寧に炊かれた白米。

キチンと出しを引いたお味噌汁。

焦げ目のついた焼き魚に、出し巻き玉子。

メニューとすれば、

何の変哲もないどこの家庭にでもあったような、

日常そのもの。

 

人は、

日常生活ではないところで自分を発揮できる能力を

持ちたいと思う。それは非常にいのちの味わいの

濃いもの。非常に喜びがあると思う。

 

一方で、日常のものがとても次元の低いものに

感じられてくる。

 

ところが、それ抜きでは花も咲かなければ実も

結ばないのです。それを客観視できる方が存外

多くない。

 

でもそれが足場なのだから、やらなきゃならない

のです。

 

私たちはいつのまにか、何もかもがあたりまえになっています。

 

でも本当は、毎日自分に対する手応えの中に生きています。

 

自分を信じているはず。

自分の力を認めているはず。

 

その認めの基礎こそ

食にあると思います。

 

私は、この本を通して、

 

改めて【食】を通して、

信じること、愛することを日々感じて今日という日

を精一杯生きたいと思います。

 

 

 

 

 

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