家庭料理をご提供する
コミュニティ型飲食店ー侑歩

投稿日:2019年8月28日

スピリチュアルは、胡散臭くはない?!全てはバランス

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おはようございます!

今日は、スピリチュアル、いわゆる目に見えない世界のことを通して、

侑歩が何を目指しているかをお伝えしようと思います。

まず、スピリチュアルなことを胡散臭いとずっと思っていた私がここまでブラッシュアップできたのは、

自分がなぜ今を生きている?

そう言うなれば、【木を見て森を見ず】でここまで来てしまったなぁということに尽きます。

正直、侑歩を開業したい!と思ったのも、今思えばやりたい!というある意味そこがゴール的な思いだけで、その先は全然考えてなかった、苦笑。

だから、

こうやれば、ウケる!

こうやればというまさに

些細なことというか本質そっちのけで【売ること、儲けること】ばかりに囚われて、ものごとの本質【なぜ?それをやりたい!のか?】や全体像を見落としていました。

だから、テクニック論に走って、セミナージプシーになりました。

当然ジリ貧低空飛行真っしぐら、当然と言っちゃ当然、苦笑。

【森を見て木を見ず】ということもあるように、物事には、陰と陽、

表と裏があるように結局のところバランス【中庸こそが真理】なのかと

今は思います。

人は皆、活かされて生きています。だからといって、自分を信じず、押し殺してまで、他者の存在を尊重すれば、当然自分の心が折れます。

自分も心地よく、相手にも不快な思いをさせない。

そんな行動を常に考えて、自分と向き合い行動する。

それを気づかせてもらえたのが、まさに多くの出会いで、今まで見向きもしなかった【スピリチュアルの世界】だったように思います。

私の周りでも、どんどんと見えない世界【スピリチュアル】を考えながら行動されている方が多くなって来ました!

では、なぜか?

それは私が個人的に思うことは、日本人の民族性に他ならないような気がします。

日本人は古い時代からずっと自然と共生するなかで、自然のあらゆるものに神様が宿るという風に考え、大切に扱って来た民族です。

幼い時、友人を不快な思いをさせてしまったり、食べ物を粗末にしたり、暴言を吐いてしまったり

【神さまに罰を与えられる!】と叱られませんでしたか?

八百万の神様と言って、石にも山にも水、木、土、火、空気、太陽など、身近なものにはすべて神様が宿ると考え、敬い感謝してきました。

人が話す言葉にさえも神様が宿ると信じ、それを言霊と呼んできました。

私たちの祖先は、この世界を平和で満たし、ともに発展していくために、調和を重んじて、国歌【君が代】はまさにその象徴でもあるように私は思います。

君が代は

千代に八千代に

さざれ石の

巌(いわお)となりて

苔(こけ)のむすまで

色々な解釈をされて来たのかも知れませんが、

私はこの解釈が真理に基づいていると思いますし、しっくりと来ます。

《きみ》=完璧に成長した男女が

《代》=時代を超えて

《千代に八千代に》=永遠に千年も万年も、生まれ変わってもなお

《さざれ石の巌となりて》=結束し協力しあい、団結して、

《苔のむすまで》=固い絆と信頼で結びついていこう


国歌は、まさに陰と陽、表と裏、個人と全体、そんな全てのことを凝縮された歌詞だと思います。

またまた脱線しましたが、

大きく【木を見て森を見ず】の行動があったからこそ

【森を見て木を見ず】の行動になり、スピリチュアルの世界で【俯瞰】出来るようになって来たと思うのです。

本来の自分のあるべき姿を思い出したり、自分を取り戻すきっかけとなったり、新しい自分へのスタートになったりと様々ですが、自分自信を変えるパワーを持っていると思います。

だからこそ、

【JIBAコミ】を通して、

みなさんに【自分らしく生きること】で、全てのものが真理に近づく行動ができるようになればいいなぁと思います!

そして私が今強く思うことは、

【JIBAコミ】のコラボ企画を通して強く思うことは飲食店らしからぬ飲食店にすること。

私は、飲食店の店主ですが、【料理人ではない】という思いもまた

【自分らしく生きること、自分はどうあるがままなのか?】を自分自身と向き合いながら、成長して行きたいと思います。

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