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コミュニティ型飲食店ー侑歩

投稿日:2019年5月21日

深く考えて、週末。

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お疲れ様です。

5月18日に【奈良少年刑務所を宝に思う会】の主催、寮美千子さんの活動に惹かれて、ならまち通信社で行われた

【津久井やまゆり事件、植松被告にインタビューして考えたこと】に参加してきました。

まず、寮美千子さんとのご縁を感じたのは、昨年春から大人の読み聞かせ会に時々参加させて頂き、主催スタッフとして活動されているピグちゃんこと岩田麻智紅さんとご縁を頂き、ピグちゃんのsns投稿に【奈良少年刑務所の見学会】の投稿を見て、奈良にこういう施設があったことも知らず、

この奈良少年刑務所は、明治政府が作った5大監獄の1つで、現在は廃庁となり、今秋には資料館や2020年には、リゾートホテルとして生まれ変わるそうです。

そして、奈良は母の郷里ということもあり何となく親近感というか望郷の思いというかそんなところで、寮さんが出て来られ、いつかお会いしてみたいなぁと思っていました。

寮さんは、作家さん。幼年童話から、小説、純文学、ノンフィクションと多岐にわたり、題材も先住民文化から宇宙天文と。そして、2007年から2016年と閉庁されるまでの奈良少年刑務所で、社会性涵養プログラム講師として関わって来られたそうです。その経験をもとに、受刑者たちが、そっと心の奥にしまった葛藤、悔恨、優しさ。その閉ざされた思いを詩集という形で一冊の本として出版されたことも有名なところ。

私自身は、正直お恥ずかしいことですが、何も知らずほぼほぼはじめましてということでしたが、直接メッセージを送ってくださるきっかけもあり、【是非今週末こちらにご都合が良ければいらっしゃいませんか?】とお誘いくださり、導かれるように伺って来ました。

皆さんは、【津久井やまゆり園事件】を覚えておられるでしょうか?

2016年7月26日未明に神奈川県相模原市の県立知的障害者福祉施設【津久井やまゆり園】に元職員 植松聖容疑者が、侵入。入所者19名を刺殺し、入居者、職員26名に重軽傷を負わせ、平成最大級の殺傷事件として大きく報道されました。現在も、初公判は実行されておらず、収監されたまま。当時の被害者遺族からは、施設には、さまざまな障害を抱えた方々が入所しており、被害者遺族からが公表しないでほしいとの思いを持っているとして、公表しない方針を明らかにしおられるそうで、これについて「日本では、全ての命はその存在だけで価値があるという考え方が当たり前ではなく、優生思想が根強いため」

そんないろいろな思想が交錯する中、一人の放送局の記者さん、RKB毎日放送局の神戸金史さんが、事件発生当初から今日まで取材をされているそうです。神戸氏は、ご自身長男さんが重度の自閉症という障害を持つ親として、【もしあの施設に我が子が入所していたら、被害者の一人になっていたかも知れない。我が子の存在価値を否定されたような、刃を向けて抉られたような気持ちです!】という思いで今日まで取材をされて来たそうです。

当日は、ずっと取材を続けて来られた神戸氏をお迎えしての容疑者とのインタビューの内容を通しての思い、容疑者の考え方、私たち自身も命の尊さについての考えを俯瞰する会でした。

植松容疑者は、教育関係の父と、漫画作家の母を親に持つ家庭環境で育ち、自分自身も教員を夢見る青年だったそうです。ですが、教員採用試験試験に不合格。それを機にかもしくは前後か時系列は定かでは無いようですが、自暴自棄となり、家庭内暴力や、大麻常習、刺青と非社会性の生活を送るようになったようです。その後2012年12月に現場となった福祉施設に非常勤職員として採用され、翌年4月から常勤職員に昇格、2016年2月と事件の数ヶ月前まで勤務。ですが、入居者への暴行、暴言などもあり指導も受け、2015年から刺青を施す彫り師に入門するなど問題行動が表面化。その頃から、【障害者は皆殺しにすべき】などの異常な言動も。そして退職後直ぐに、衆議院議長宛に犯罪予告の手紙を出しており、勤務中にも同僚職員に【重度の障害者は安楽死するべき】という趣旨の発言をし、勤務期間中にも【他人を傷つける恐れがある】として措置診断を受け、即日措置入院している。診断は様々で【大麻精神病】【非社会性パーソナリティー障害】【妄想性障害】など。その後は、他人に危害を加える恐れがなくなったとして、退院。その数ヶ月後に犯行に及んでいる。

私は、当日正直答えられませんでした。

他の方々は、盛んに神戸氏に思いをぶつけておられたましたが、

私の中で、人それぞれ得意不得意があるということは分かっていながらも、どこか好奇な目で見てしまったり、障害からくる行動をどうしてあんな風になるんだろうと思う自分の深層心理に向き合うことをして来なかったことに、改めて何とも言えない浅はかさを感じました。

どこかで私のことじゃない。

どこかで、私は違う。

そんな何も深く考えずに、どんな線引きを自分の中でしているかも定かでないままに48年近くも生きてきたように思いました。

命の尊さについて、違う角度からではありますが、人それぞれ生まれてきた意味があり、活かされている命だと思うようになった今、また違う角度から問題定義されたようで、とても有意義な時間になりました。

毎月議題を取り上げてみんなで問題に取り組んでいこうとされておられるようですので、時間が許す限りお伺いしたい会でした。

皆さんは、この問題にどう思われるんでしょうか?

皆さんは命の尊さ、命の価値、尊厳についてどう考えておられるんでしょうか?

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